TV「刑事 鬼貫八郎」シリーズに見る生命の躍動感!
音楽を聴くときは椅子やソファーに腰掛けたりして聴いていることが多い。
もちろん、どんな姿勢でも構わないのだ。
ジャンルを問わず、「こうでなければならない」と言うことはない。
クラシックだから姿勢を正して聴く・・・というルールもない。

以前、TVで
「刑事鬼貫八郎」シリーズ(鮎川哲也原作)が放映されていて、好みの番組のひとつだった。
大地康雄扮する鬼貫が事件の謎解きに挑み、また、家族間の会話・言動の面白さなどもあり、内容は本格海外ドラマに通じる。
その番組の劇中にアナログ・レコードでクラシック音楽を聴くシーンが毎回あり、時には横になり、時には畳に座ったり、あるときは楽しそうに自分でタクトを振るシーンがある。

特に難事件を解決した後に聴くシーンは、「楽しいモード」が体から溢れている。
音楽の持つ躍動感!至福のひととき、まさに極まり!というところだろう。

思わず「わかるわかる」と共感。音楽は素晴らしい!

「歌の有効性とは?」 ピート・シンガー・・・・小室等
「エルサルバドルを第二のベトナムにするな」をスローガンにした集会でのインタビューのとき、ぼくがどうしても聞きたかった「歌の有効性とは?」という質問に対して、

彼は、『あるときには、歌は私の魂を支えてくれ、わたしを勇気づけてくれた』と言い、こう続けるのです。

<歌というのは、臆病者が強くなれるほど良い曲でなければならない。また、ある歌は、怒りに満ちている人々を笑わせるほど愉快でなければならない。そしてたとえば、会社勤めなどで心が冷え切ってしまっている人々の心を暖かくさせ、目に涙を誘うような曲でなければならない。
しかし、いちばん重要なことは、人々を、たとえば、子どもでも老人でも、すべての人の心をつなげていけるものでなければならないということだ>
 

このときピート・シンガーは62歳。かつてと変わることのない姿で歌いつづけていることに、ぼくは素直に感動していた。

小室等著書 『人生を肯定するもの、それが音楽』 岩波新書 2004 から抜粋

「音楽でリラックス・手術の痛み和らぐ効果
9月15日付中日新聞

手術中、患者の好きな音楽を流し、苦痛を和らげようという試みを、名城病院(名古屋市中村区)内科の赤澤貴洋医師らが行っている。昨年、半年間に30代から90代の103人を対象に行った意識調査では、約半分の患者が術中の痛みの軽減を自覚できたと答え「患者の好きな音楽を流すという簡単な方法が、有効な鎮痛手段になることが確認できたと語った。

対象とした手術は、透析患者に行われるシャントPTA(経皮的血管形成術)。
透析は大量の血液を体外に取り出すため、一般に腕の静脈と動脈をつなぐことで、ふくらんだ静脈の血管(シャント)をつくり、そこに針を刺して行う。このシャントの確保は透析患者にとって不可欠だが、長期になると針がさしにくくなったり、また高齢になると血管が狭くなったりし、透析が効率的に行われなくなる。


シャントPTAは、血管内の狭窄部位にカテーテルを通し予防的に拡張、シャントのトラブルを未然に防ぐもの。手術は一時間ほどで入院も不要だが、狭窄リスクの高い人は定期的に行う必要があり、赤澤医師は少しでも患者の負担を減らすことを考えた。


事前に患者から手術中に流す音楽の希望を聞き、CDラジカセで流しながら手術をしたところ、48%の患者が「前回の手術より痛みが軽かった」、72%が「手術時間を短く感じた」と答えた。「好きな音楽で、不安が解消し、リラックスできたためではと推察する。手術中に流す音楽の歌手別人気度は、氷川きよし、北島三郎、美空ひばりの順だった。


雫井脩介「犯人に告ぐ」
「犯人よ 今夜は震えて眠れ」
連続児童殺人事件〜姿見えぬ犯人に警察はテレビ局と手を組んだ。史上初の、劇場型捜査が始まる!


印象的なハードカバーだった!即購入。そして一気読み!

サポート役の津田長や本田もいい!

「人を叩き過ぎちゃあ、いかんのです・・・・・・」夜空を見上げながら独り言のように言う。
「痛そうじゃないから痛くないんだろうと思ったら大間違いだ・・・・それは単にその人が我慢してるだけですからな」 それだけ言って、ゆっくりと歩き去っていく津田を、植草がまた虚ろに見送った。

この本の初刊は2004年。

団塊世代の私には、主人公が左遷させられた背景や人間臭さに、共感さえ感じる。近年では「容疑者X」とともに心に沁みる作品だ。男のブルースだ!・・・気障かな?

木谷恭介 「竜神の森殺人事件」 エッセーより抜粋
からだの悪いところを自覚して、いたわりながら生きていく、というひともいるが、人間、いたわるようになると、人生は途端につまらなくなる。
からだや病気にかぎったことではなく、すべてのことに共通しているが、物事が迫力を持つのは『何だかわからないが、ワーッという勢い』のあるときだ。ぼくの場合、心臓をいたわるようになって、人生がつまらなくなった。

78歳のぼくは、幸か不幸か手術をして、生きながられた。だが、正直いって、もう仕事をしたくない。といって、ぼくには小説をかくしか”すること”がない。小説を書かない、と宣言したら、それはそれで淋しい人生になるだろう。78歳で、自分をいたわらずに生き、小説に熱中することができるかどうか。自信はないが、それをしないことにはぼくの人生がない。

中略

「竜神の森・・・・・」を書いたころの集中力はもてないが、それに変わる何かをみつけよう。78歳でないと書けない何か。78歳になってやっとわかった何か。それをみつけるため、再び机に向かおう。自分にそういい聞かせている。

2006年春 木谷恭介
「竜神の森殺人事件」(JOY NOVELS) の巻末書き下ろしエッセーより抜粋

木谷恭介書き下ろしエッセー
1998年3月30日   みちのく紅花殺人事件 のあとがきより抜粋
僕はマスコミのいうことは『半値八掛け二割引』ぐらいに考えてよいと思っているし、世論というものの信じがたさを身にしみて知っている。

昭和20年8月15日を境に、新聞やラジオをはじめ世論がどんなに凄い変わり方をしたか。
昭和2年生まれのぼくたちは身をもって知っている。そのため、マスコミがどんなに声をそろえて合唱しようと、それを鵜呑みにする気持ちにはなれない。
〜中略〜

今の社会や、社会がゆがんでいるために起きるもろもろの事象を、ミステリーという小説の中で書き、ぼくの考えを披露して行くことに全力をあげたいと思う。ニュースや報道特集のような形では、到底とらえることのできない事柄が、小説だととらえることが可能のはずだ

学生時代は新聞店住み込みの苦学生だった・・・・。
その影響か次の新聞記事が目に入った!
新聞週間の代表標語に選ばれた、宮崎市の神田昭二さんの
「あの記事がわたしを変えた未来を決めた


 昨年、肺がんを再発させ、福岡の九州大学病院まで高速バスで治療に通う神田さんは、地元宮崎の図書館で小さな新聞記事に出会いました。
ふだんなら見過ごしてしまいそうな医療記事関係。「病気になっても、病人になるな」の助言が勇気を与えてくれました。

代表標語に込められたのは、神田さんの「もう一度元気になって、もうひと仕事」の願いです。日々の紙面にこんな出会いの縁があり、人生に役立っているとしたら、新聞づくりに携わる者としてこんなに嬉しいことはありません。・・・・・

中日新聞 2006,10,15付 社説より


私も闘病中です。どうしても病人になってしまう・・・・・。神田さんに見習わなければ!